僕達の願い 第6話


用意されたベッドに身を沈めたその体は、初めて出会った頃よりもずっと細く、弱々しかった。運び込まれた荷物から、医療用品を取り出したジェレミアは、失礼しますと眠るルルーシュに声をかけてから、その衣服をぬがせ、包帯を解いていった。
そこには、表面上に見えている以上に深い傷が幾つもあり、特に両腕と顔の中央に走る傷は深く、厳重に包帯が巻かれていた意味が痛いほどわかった。
スザクは泣きそうに顔を歪めながらもジェレミアを手伝い、ルルーシュの体を拭き、消毒をし薬を塗り、ガーゼと包帯を新しくしていく。
銃弾による傷は足のみ。
後は全て刃物によるものだった。
その殆どは塞がりかけているが、1ヶ月以上経つというのに大きな傷が未だに膿んでいた。
パジャマに着替えさせ、包帯の大半が視界から消えるとようやくホッと息を吐いた。

「スザクさん。これでも最初の頃より、ずっと少ないんですよ」

ルルーシュの着ていた服を畳みながら、ナナリーはそう口にした。

「・・・少ないって、何が?」
「傷が、です。何度か処置をして、消せる傷はこれでも消したんです」

医療技術の発達したブリタニアでは、多少の傷であれば跡も残らず綺麗に消せる事は知っている。だから、あの時代に此処に来たナナリーの足は、表面上の傷は何も残っていなかった。ルルーシュの傷はそれでは追いつかなかったということだった。

「これで、こんなに沢山あるのに、少ない!?・・・くそ、誰なんだ?誰がルルーシュにこんなっ!」

守るはずだったのに、守る前にこんなことになるなんて思ってなかった。

「落ち着け枢木卿」
「落ち着け!?ルルーシュがこんな目に合わされて落ち着いてなんていられるか!」
「貴公の気持ちはわかる。だが、今はルルーシュ様のお命がこうして失われなかったことを、あの危険な皇宮から無事こうしてこの国に移動できたことを喜ぶべきなのだ。ルルーシュ様も記憶を持っておられる。だからこれから先のことは、ルルーシュ様がお目覚めになられてから話しあおう。それに、貴公がそのようにされては、ルルーシュ様もゆっくりとそのお体を休めることは出来ないだろう?」

そう言われてしまえば、スザクは口を閉ざすしか無く、その顔をくしゃりと歪め、唇を噛み締めた。包帯を巻き終わったその手を取り、その自分より低い体温を感じながらスザクはその脈を測った。
弱々しいが、ちゃんとその心臓は脈打っているのが感じられた。
生きている。
確かによくこの傷で助かってくれたものだ。

「・・・こう言っては何だが、私は安心したぞ枢木卿」
「安心、ですか?ああ、土蔵じゃなかったからですか?意外と簡単に父は説得できましたから」

子供の頃は恐ろしい人というイメージしか無かったが、そのイメージはあさりと覆された。予想以上に単純で、納得のできる理由さえそれっぽく並べれば此方の言う事に従うのだ。
ああいう人だから桐原にいいように操られたんだろう。
我が父ながら短絡的な人だと呆れてしまう。

「いや、そうではなく、車に向かってきたときの貴公は、まるで死人のようだった。だが、今はちゃんと生きているのだとよく分かるからな」

苦笑しながら言うジェレミアに、ナナリーも同意するかのように頷いた。

「駐車場についてすぐにスザクさんが近づいてきていることには気づいていましたが、近づくその姿がまるで幽霊のように見えて、しばらく車の中で様子を見ていたのです。でも、あれがゼロとして生きていたスザクさんだったんですね」

二人の言っている意味がわからず、スザクは二人の顔を見比べた時、ベッドで動く気配を感じ、すぐにそちらに意識を向けた。

「ル、ルルーシュ、起きた?」
「・・・くっ・・・うっ・・・っ」

痛みに呻き声を上げた後、唇を噛み締めながら声を殺す様子を見て、スザクは泣きそうに顔を歪めた。
傷を負った自分を、弱った自分を人に見せたくないとするその姿は変わらない。
だが、これだけ重症を追ったのだ、叫んでも構わないだろうに。
痛みに震えるその姿を見ているしか無いなんて。

「ルルーシュ。起きてルルーシュ、僕だよ、解る?」

体を揺する訳にはいかない。
だからゆっくりと、出来るだけ優しい口調でそう話しかけた。

「・・・す、ざ・・・」

かすれた声で、それでも名を呼ぼうとしてくれる。
それだけで、この顔に笑みが浮かんだ。
この胸に温かいものが生まれた。
なんて勝手なのだろう。
ユフィの仇だと追い詰め、この手で消した命なのに。
失ってから、それが大切な物だと初めて気がついた。
彼を殺した絶望は、父を殺したときの比ではなかった。
彼を失った喪失感は、ユフィを失ったときの比ではなかった。
ああ、生きている。
生きている。
この名を呼んでくれる。
それだけで胸が締め付けられた。

「うん、スザクだよ。もう大丈夫だから、僕がずっと傍にいるから、安心して」

手を握りながらそう言うと、その口元に薄く笑みを浮かべた。
ああ、笑っている。
流石だよ。
こんな状態でも、君は笑ってくれるんだね。

「・・す・・、み・・・」
「何?ああ、水?喉乾いた?」

スザクのその言葉に、ジェレミアはペットボトルの水を荷物から取り出した。

「あ、ちょっと待って、すぐ戻るから」

コップからもペットボトルからも今のルルーシュは水を飲みづらいはずだ。吸い飲みを手に戻ったスザクは、その中に水を入れ、飲み口をルルーシュの口に含ませた。

「ほう、それは便利なものだな」
「ええ、寝たままでも飲ませることが出来ますからね。ルルーシュ、ゆっくり飲むんだよ。むせちゃうからね」

よほどのどが渇いていたのだろう、予想よりも多く水を飲んだルルーシュは、荒い息を一つ吐いた。

「もういいの?」
「・・・ああ、有難う」

まだ弱々しく小さいが、それでも先程よりもハッキリと聞こえる声でそう告げられ、スザクは吸い飲みをテーブルの上においた。ルルーシュは目蓋を固く閉ざしたその顔を、スザクの方に向け、口元に再び笑みを浮かべた。

「久しぶりだな、スザク」
「・・・うん、久し振りだねルルーシュ」

ぴくりと、わずかに動いた手を取り、スザクは震える声でそう言った。
彼を殺したあの日以来流れることのなかった涙が溢れ出し、死んでいたはずの心が、歓喜で満たされるのを感じた。

「元気そうだな」
「それだけが取り柄だからね。君は随分大変そうだ」
「・・・ああ、でもナナリーは無事だからな。あの時よりずっといい」

痛むのだろう、玉のような汗をかきながらも、何事も無いように言うその姿に痛ましさを感じながらも、タオルでその汗を拭い、努めて明るい声でスザクも話し続けた。

「変わらないな君は。で、足と目はともかく、腕も動かないの?」
「いや、まだ傷が塞がっていないから使っていないだけだ。傷が塞がればリハビリを始められる。時間は掛かるかもしれないが、問題はない」

1ヶ月たっても塞がらない傷。
リハビリの必要な腕。
問題しか無いよ、とはいえず、スザクは話題を変えた。

「ブリタニアから医者とか、君が通う予定の病院とか、そういうのは無いんだろ?」

つまりこれだけの傷をジェレミアにある程度の手当をさせ、あとは自然治癒させろということ?

「よくわかってるじゃないか」

苦笑しながら言うその様子に、やはりあの皇帝に愛しているなんて言葉を使う資格はないなと、心の中でつぶやいた。
あの当時はどれだけ皇帝が二人を粗雑に扱っていたのか、あまり理解はできていなかったが、今ならあの頃のルルーシュの怒りがよく分かる。
今此処に皇帝がいれば、間違いなくスザクは刃を向けるだろう。でもその気持ちをルルーシュに悟らせるわけにはいかず、心の奥底へ押し込めた。
タオルで自身の涙を拭きながら、スザクは感情を落ち着けるため、一度深く息を吐く。

「あの皇帝だからね。医者に関しては少し待ってくれるかな?今信頼できる医者と渡りをつけてるところだから」
「信頼できる医者?」
「うん。藤堂さんが動いてくれてるんだ」
「藤堂も覚えているのか」
「うん。でも大丈夫、藤堂さんは僕達の味方だよ」
「・・・そうか、今度会わせてくれ」
「わかってる。でもまず君は体調を戻そうね」

殺した者と殺された者。
そうとは思えない和やかな空気をまとっている二人に、ナナリーは幸せそうな笑みを向け、ジェレミアもまた穏やかな笑みを浮かべていた。
心配をしていなかったといえば嘘になる。
ユーフェミアの仇であるルルーシュをスザクが恨んでいたことは知っていた。
だから、スザクがルルーシュを恨み続けている可能性があったのだ。
でも、その心配が杞憂であったことに二人は心の底から安堵していた。

「そうだ、ジェレミア卿、僕のことはスザクと呼んでください。今の呼び方では問題があります。それと、一緒に来たSPは全員役に立ちませんので、彼らにルルーシュとナナリーを任せることだけは絶対にしないでください」
「役に立たないとは、どういうことだ?あの者達もルルーシュ様とナナリー様をお守りするため此処に来たのだから、要所要所では使うべきだと思うが」
「役に立ちませんよ。彼らの顔には覚えがあります。あの時も来たSPたちです。ルルーシュが日本人に殴られても、蹴り飛ばされても何もせず傍観していた連中です」
「・・・え?何のお話ですか?」
「な!?本当か枢木・・・いや、スザク、くん」

予想通りとはいえ、明らかに驚いた顔を見せた二人に頷いた後、スザクは視線をルルーシュへ向けた。
話していないのだ、自分が受けた暴力を。
差別を。

「ルルーシュ・・・君は」
「スザク、その話は」

今だ隠そうとするその姿に、思わずじろりとルルーシュを見つめたスザクは、言わないでくれという態度のルルーシュに向かって嘆息した。

「ねえ、わかってるのかな?それとも、怪我のせいで頭が回っていないのかな?今回は動けないのが君で、動けるのがナナリーなんだよ。あの時君が受けた差別と虐めと暴力を、ナナリーが受けないとでも?」
「っ!」

呆れたように告げたスザクの言葉に、ルルーシュは言葉をつまらせた。

「君はいつもいつもナナリーに心配をさせたくないと怪我を隠していたけれど、同じことを彼女にさせる気かい?」
「ナナリーにはジェレミアをつけるから問題はない」

ルルーシュに忠誠を誓っているジェレミアをナナリーに。
これだけ障害を持っても変わらない、というか変わらなすぎなその様子に流石に呆れてしまう。まあ、予想通りではあったけれど。

「成る程ね。ジェレミア卿、ルルーシュに何か言われました?自分よりナナリーを優先して守れとか・・・言ってるよね、ルルーシュだもんね」

言わないはず無いよね。と、呆れながら言うと、ルルーシュは口を閉ざし、ナナリーとジェレミアは困ったように頷いた。

「まあいいよ。ジェレミア卿はルルーシュの願い通りナナリーをおねがいします。ルルーシュは僕が見ますので」
「スザク、俺は大丈夫だ。スザクもナナリーを」
「何がどう大丈夫なのかな?もういいよ、この件に関しては君に選択権はないから」
「スザク!」
「いいですねジェレミア卿。何かあった時のために僕もルルーシュの世話に慣れておいた方がいいから、今日から僕がルルーシュに付きます。ただ、怪しまれないよう道場に行ったりしなければならないので、その時はルルーシュをお願いします」
「ああ、任された。頼んだぞスザクくん」

心底安心したような笑みでそう言われ、スザクは苦笑した。
やはり不安はあったのだろう、ナナリーを優先して守るということは、身動きの取れないルルーシュを見捨てるということだから。

「スザク、お前がそんなことをする必要は」
「はいはい。忘れたのかな?僕は君の唯一の騎士だよ、皇帝陛下?主を守るのは騎士の務めでしょ?」
「それは契約上のもので、作戦が終了した以上、お前はもう俺の騎士ではない」

俺の騎士ではない。その言葉にズキリと胸が痛み、一瞬言葉をつまらせたが、平静を装い言葉を紡いだ。

「・・・そうだっけ?ごめんね、忘れちゃった。でもこれは俺が決めた俺のルールだから、決定事項だよ」
「お前、俺ルールって子供みたいに」
「子供だよ?ね、ジェレミア卿」
「そうだな、皆立派な子供だ」
「そうですよお兄さま。私達はまだ子供です」

過去に戻ったのだから当然だと言う三人に、ルルーシュは諦めの息を吐いた。

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